はいからいおんパート2 鳥類にこころはない 忍者ブログ
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「煉獄に行くんだよ」とヘビは言った。

※ツイッターで#BL短歌のタグをつけてツイートした短歌を百合小説として二次創作したものです。
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 ゲージからこぼれ落ちたのはまったくの偶然だった。触覚制御の時間に右足を負傷したツグミの代わりに鍵当番を任された私は、まだ麻酔の残るふわふわした身体で南校舎の施錠をおこなっていた。身体の大きい種だから丈夫だと思われているのだろう、私にはこういうときにこういう仕事が回って来やすい。じっさいはまったくそうでないって言うのに。無数にいる学生たちのなかで、私はとくに弱くて出来の悪い一匹だったはずだ。学生仲間はそれをわかってくれているので、鍵を握りしめ階段を青白い顔でゆっくりのぼる私にがんばれとか気をつけてとかの声援をくれる。ささやくような声で。ほんとうは私たちは決められた以外の声を交わしてはならない。だけど私たちの耳は管理者たちの機械よりもだいぶだいぶ精度がいいものだから、私たちこうやって葉のざわめくように会話する。
「がんばれ」
「ありがとう」
「はやくとべるようになるとよいね」
「うん、ありがとう」
 すれ違う鳥たちのほとんどは歌をうたう用の小鳥で、彼らは成長があっと言う間だから、あっという間に生産過程を終えていく。私よりも遅く学校に来たのに、私よりも早く飛びかたを覚えるのだった。
「ふらつくときはすこしつばさをうかせるといいよ」
「うん、ありがとう」
 手のなかの鍵は階段を一段のぼるごとに熱くなっていくようだった。右手、左手、右手と何度も鍵を持ち替え、最上階に着くころにはもう燃えるような鍵だった。最後の窓枠に手を置く。はるか下方に夕日が見えて、言いようのない、気持ちのようなものが沸き起こり、その瞬間、まだ開いたままの窓に向かって私は鍵を投げつけていた。鍵は当然外に飛び出した。自分が鍵を捨ててしまったのだと言うことはすぐに理解できた。慌てて窓から身を乗り出し、落ちる鍵へと手をのばす。届かない。身体が傾いて立っていられなくなる。翼を少し浮かせてバランスを取ろうとしたけど、遅かった。私の落下もすでに始まっていた。
 私の身体は空中で思いがけない俊敏さを発揮した。羽をぎゅっと絞り足を先っぽまでよく伸ばすと、思い通りの落下が可能だった。鍵に追いついて、鍵を掴む。そして無意識に広がった羽が風を含んで身体を浮かせた。
 はばたく。
 私の翼はまだはばたくことを許されていない。校舎を取り囲む外部者侵入や内部者脱走防止のセンサにとらえられるより先に、身体に取り付けられた発達調整装置が警告音を発した。機械の目が一斉に私を見るのを感じた。私は脱走者で鍵泥棒になったと気づく。教わっていないけれど、飛びかたはわかる。目をつむればさらにうまくできるとも思った。私はぎゅっと目をつむり、キイキイかすかな音を立てながら私をつかまえようとするセンサたちを躱しながら飛んだ。風がいきなり強くなったところで、学校区域を抜けたのだと気づいた。本格的に脱走だ。風にもみくちゃにされながら、飛びかたがわかっても止まりかたはわからなかった。止まると、捕まって、処理される。生産途中の私にはまだ、処理されることを避けようとする感覚が残っていたのかもしれない。強い風のなかで発達調整装置はすっかり壊れ、風を抜け出ると、まったく静かな街の夜空にいた。

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 街は人間たちのものだ。人間たちは夜はみんな眠る。私は人間たちを見張る機械もあるのだということに驚きながら、そのセンサやらなにやらに引っかからないように慎重に飛んだ。空中で何度か練習をし、背の高い建物の上に降りた。足は久しぶりに体重を支えることになって震えた。つばさは弛緩し、背中がじわりとあたたかかった。これからどうしよう、どうなるのだろうと考えるより前に、隣の、同じ高さの建物の屋上に人影が現れた。人間の、女の、子どものようだった。これくらいの背格好、顔立ちであれば、と目玉の焦点を彼女に合わせる。十八歳くらいだろう。教科書が正しければ。
「逃げるなよ」彼女は言って、「こっちに」と手招きした。
 人間の言葉には従うように教えられている。私は隣の建物に移動する。すっかり飛行にも慣れたなと感じた。彼女の横に降り立つと、彼女は私の手首を掴み、私の顔を見て、微笑んだ。
「おまえ、鳥なんだね」
「オマエ? オマエとはなんのことだ」
 聞き慣れない言葉に首をかしげる。
「ああ、鳥はきれいな言葉しか習わないって本当なんだ。おまえっていうのは、あなたとか君とか、相手を指す言葉のひとつだよ。おまえは鳥なんだね」彼女は嬉しそうに説明する。「でも鳥にいてはぶっきらぼうにしゃべるね。かわいいのに」
「まだ生産の途中だったから、うまく完成していないんだ。——おまえは人間なんだね、人間には対しては確かに、もっと丁寧にしゃべらなければいけないね」私は「おまえ」を理解しながら答える。彼女の語りかたを真似ようとする。
「おもしろいからそのままでいいよ。逃げて来たんだろ、わかる。俺の、あー違う、私のところにはセンサはないし、巡査も来ない、もちろん私は通報なんてしないし、おいで」
 言う通りに彼女のもとへ向かう。人間に逆らうようにはできてないのだ。

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 その建物全体が彼女の家と言うことらしい。鳥が逃げて来たのがわかったし、その鳥がセンサを避けながら飛ぶのもわかったから、街中のセンサをいじって誘導したんだと弾む声で彼女は語った。
「それで、鳥の名前は? ある?」
「種類はオジロワシで、番号はSの491。おまえは名前はあるのか」
「あるよ、オジロワシ。でも、そうだね、ヘビ。ヘビでいい」
 ヘビはなにが楽しいのかまたにこにこと笑い出す。私がその様子を言葉もなく見つめていると、「おまえ」と言うのが気に入ったんだね、鳥に言葉を与えたのだと思うと嬉しい、と、ヘビは説明を加えた。

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 ヘビの家は快適だった。ずいぶん裕福な人間のようだった。ヘビは私の見立て通り十八歳で、育て親のもとを十年前に離れたことを語った。八歳のときから自分で生活をしているらしい。機械の補助がたくさんあるとはいえ、珍しいことだろう、教科書に人間の独り立ちはだいたい十五歳だと書いてあったと驚くと、俺は天才だからとヘビは自慢げにまた笑った。ヘビは黒い髪の人種だったが、趣味で色を抜いて金色にしていた。人間のうち髪の色や身体のかたちを変えるのは街の外に暮らすタイプの者たちだと習っていたが、ヘビは天才らしく変人だから階級人だけれど身体を作り替えるらしい。金髪はだいぶ気に入ってたんだけど、こんど染めてみようかな、オジロワシとおそろいにしたい。卵子の提供が面倒だから男になろうかとも思ってたんだけど、それはやめようと思ったよ、せっかくオジロワシとおそろいだからね。ヘビにとって私は初めての友だちになるらしく、なにかにつけておそろいだおそろいだと騒いだ。そのうち与えられた服や靴も、ヘビの持つものと同じデザインだった。

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「オジロワシ、ずいぶん成長したね」ある日のヘビは悲しそうだった。
「人間よりだいぶ寿命が短いからな」と答える。
「オジロワシにはつがいがいたの?」
 人間は十二歳以上の女から提供された卵子、男から提供された精子をさまざまに調合することで生み出される。鳥類は人間の生活に合わせるための生産ラインに乗ってそのまま出荷されるタイプと、生産過程で遺伝子が認められ、恋とつがうことの権利を与えられるタイプがいた。権利を与えられれば、私たちは教科書に則って恋をし、つがい、いくつかの卵を残し、まだ体力があれば生産過程に戻るし、もう生きていけないようであれば、安楽死させてもらえる。この死も特権だった。ヘビは私が恋の権利を持つタイプの鳥ではなかったかとたびたび気にした。
「いなかった。権利も与えられなかっただろうと思っている。私は優秀な鳥ではなかった」そう答えるとヘビはなぜかごめんねと謝りながら、それでも安心を得たようだった。

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 私の外見の年齢がヘビに追いついたころ、ヘビは私にコールドスリープを提案した。ヘビと私の寿命をそろえるために、一年の長い期間を私は時を止められすごす必要があると言うことだ。もちろん私は了承した。
「さびしくなるな。でもずっと一緒にいたいから、仕方がないね」
 ヘビは私が眠りにつくまでずっとつばさを撫でていた。この装置もヘビが作ったのだと言う。機械を作るのはいまはほとんど機械だから、人間がするのはほんとうにすごいことのはずだ、ほんとうにヘビは天才だったのだなあ、そういうことを思い浮かべながら、だんだん思考はぼやけていった。

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 何度か睡眠と覚醒を繰り返した。一年のうちの睡眠時間の総計が決められているだけで、入眠や覚醒のタイミングはさまざまだった。ヘビがどうしても淋しさに耐えられなくなって、三時間だけ眠った私を起こすということもあった。眠りから覚めるとつばさはたいてい霜でぼろぼろになっていた。しかし天才の作った栄養剤やらですぐに回復する。天才はどんどん腕をあげるようで、覚醒を繰り返すうちに私のつばさの回復までの期間は短くなったし、気づけばつばさが傷つくさえもなくなっていた。眠っているあいだ、私の時間はまったく止まってしまっていると言う話だったけれど、私はなぜだかたびたび夢を見た。私とヘビの背には互いに羽があり、しかしお互い鳥というわけではなかった。ひどく幸福な生き物として、二人で赤や黒のワンピースを着て踊った。その話をするとヘビはしばらく惚けたような顔をして、
「それは天使だよ。宗教だ」と大声を出した。
「シュウキョウ? それはまだ知らないな」
「俺もまだ知ったばかりなんだ。最近入れるようになった禁書館で調べた。むかし、人間が持っていたらしくって。ちょうどその話をしようと思って起こしたんだけど」
 そう言ってヘビはバレンタインデーと呼ばれる昔の人間の風習について身振り手振りを加えて説明を始めた。ヘビもまだ詳しくは知らないがさらに大昔に宗教のために死んだ人間に由来する記念日らしい。
「それで、なんでかわからないけど、バレンタインは好きなひとにチョコレートを作って渡す日なんだそうだよ」
「日程は」
「二月十四日。チョコレートを作るなんてしたことなかったから、だいぶ手こずっちゃって、遅れたんだけど。はい、オジロワシ」
 私は白い小箱を受け取る。開くと茶色くなめらかに光り、匂いを放つ、小さなハート型が入っていた。礼を言うと、ヘビは次はもっと上手くやるからなと自慢げに言う。
「ああ、でも、チョコはもういいや。天使を夢に見るだなんて。鳥にも宗教があるんだね。信仰だよ。信じることだ。同じ信仰を持とう、オジロワシ」
 茶色に染めた長い髪を振り乱しながら、ヘビはひどく興奮していた。
「了解だ、ヘビ」と私は答えたけれど、私には信仰は持てないだろうと考えていた。初めてついた嘘ということになる。宗教の本をもっと読むよとはしゃぐ二十歳のヘビをひどく平らな気持ちで見つめた。

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 さらに何度かの睡眠を経て、私は私の種が通常通りの寿命を生きた場合にすでに確実に死んでいるという時間まで来ていることに気づいた。もう私の捜索は行われていないだろう。ヘビは私がそれに気づいたことを、すぐに察したようだった。それまでよりも執拗に自分の淋しさや私の存在の重要性について説くようになった。どこにも行く気はない、おまえと一緒に同じ寿命を尽くすつもりだと答えても、ヘビはそれは刷り込みなんだ、鳥にはそういう習性があるだけなんだと言って、馬鹿みたいに泣いた。おまえに会ったときはすでに刷り込みの時期はすぎていたと言うと、俺はおまえとつがうこともできないのに、親になることもできないのだとまた泣く。そういうとき私は、おまえは私の飼い主だし友だちだし恋人だしと教えられた関係をどんどん並べて、ヘビを安心させる。

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「煉獄に行くんだよ」とヘビは言った。またあの、宗教の話だった。そうだ、今回の覚醒はもう何度目かになるバレンタインデーだった。私は白色のチョコレートを受け取っていた。
「レンゴク」
「生きてるうちに罪を消しきれなかったひとが行くらしいんだ、オジロワシ。おまえは禁を破ってここに来てしまったし、大罪だね。俺はこうやって髪も染めるし、だいたい学校では嘘ばっかりついてたし、いまだって仕事はときどきサボるし、そうそうおまえを呼ぶために勝手に街を操作する、それにおまえの寿命を延ばすなんて、いのちをもてあそぶってやつだろ」そこまで言うと不意にヘビは言葉に詰まる。
「いいんだ、私は、かまわない」察して、言うと、
「うん、でも神様から見たらきっとこれだって罪で」と簡単にヘビは救われる。「大罪のはずだ、償いきれない。罪のない状態ってよくわからないんだ、天国ってどんなんだろうね。でも、一緒に煉獄に行って、償えばいいんだ、一緒に天国に行けるんだと思う。許されよう。天国では鳥と人間は変わりないかもしれない。天使がいるんだから」
「そうだな、行こう」と私は答える。
「信仰を忘れちゃあだめだよ、ずっと」とヘビは言いつける。
「わかっている」と嘘をつく。
 ヘビはひどく満足げに、また私を眠らせる準備をする。私を機械のなかに横たえ、私にキスし、脈絡のない思い出話を始める。ヘビが私に語るのは私との思い出ばかりだから、ヘビの正体が何者なのか、死ぬまでわからないだろうと思う。私は信仰を持たないから、死んだあと宗教の規定する場所にはきっと行かない、煉獄は苦しい場所だろうか、赦されるための場所だと言うから、きっと苦しい、そこでヘビはひとりぼっちなのかと考えると、肋骨のあたりが急に冷え冷えとした。
「ずっと一緒だ、オジロワシ」とヘビは私の意識がまさに眠りに切り替わる一瞬をねらって、言った。
「そうだな、ヘビ」
 嘘をつく。人間に逆らうように作られていないのだから、そう言う他ないのだ。私はほんとうはヘビに対して嘘をつきたくないのか、それとも、と自問したけれど、答えを出すより先に眠りが訪れていた。

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   鳥類にこころはないよ煉獄へ一緒になんて説く馬鹿なひと

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https://twitter.com/31_ti/status/299719247100260352

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